やさしく学ぶヨガの心理学

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本書について

ヨガは現代ではポーズの練習として広く知られていますが、古典ヨガの経典『バガヴァッド・ギーター』や『ヨーガ・スートラ』にはポーズのヨガではなく、精神的な教えや瞑想法などが説かれています。これらの経典の教えは非常に貴重なものではありますが、数千年も昔のものですから、現代の私たちにはなかなか読みづらく、理解しにくいという問題があります。そこで、これらの教えをもとに現代人にとって分かりやすい体系に直したものが、本書でお話しするヨガの心理学です。
今日、心理学と言えば認知行動療法やフロイトの精神分析、アドラー心理学などがあります。これらは西洋心理学と言えるものですが、一方で、これからお話しするのは仏教などにも含まれる東洋の心理学です。人間の心の問題の一つは、固定の価値観に縛られたり強固な信念を持つことによって起きており、現代で言えばそれは資本主義や唯物論的な価値観です。したがって、これらの価値観から脱するためのアンチテーゼが必要とされており、その一つの可能性がヨガの心理学です。これは、現代の私たちの心の幸福なあり方、自分らしい生き方を東洋的な観点から問い直していこうとする試みでもあります。

目次

はじめに
一章 輪廻と自我について
輪廻と個性
自我は幻か
人間の人格とは
欲望と自我について
動物と人間の違い
自我は悪者か
自我と愛
高級自我と低級自我
コーザル体と個性
自我の経験
自我の苦しみの解決
自我意識の働き
自我対象の識別
輪廻について
二章 四つの自己
四つの自己
心と二つの原理
自我について
純粋意識とは何か
「ある」の感覚
純粋意識を実感する
三章 欲望と幸福
欲望と幸福の関係
無所有、無所属であること
快感は相対的なもの
死後に心の苦しみはあるのか
欲望を制御するには
世界は心が作っている
世界は幻想であるという見方とその危険性
引き寄せの誤解
願望実現と幸福の関係
四章 人生の指針
三つの視点で生きる
義務を果たす
高級思考と低級思考
他者貢献をする
五章 愛の原理
神性原理とは何か
自我の幸福
ユング心理学との比較
人格の向上
自分の存在や生き方について考える
六章 個別の精神世界
精神空間について
心が世界を作っている
五感も心の印象
常識は思い込み
共感が起きるのは
潜在印象による苦しみ
対人関係の怒り
おわりに

はじめに

岡本 それでは、今回はヨガの心理学とは何かについて、これからヨガの心理学を学んでみたいと考えている美紀さんと一緒に色々とお話ししていきたいと思います。

美紀 よろしくお願いします。

岡本 まず、ヨガは現代ではポーズの練習として広く知られていますが、古典ヨガの経典『バガヴァッド・ギーター』や『ヨーガ・スートラ』にはポーズのヨガではなく、精神的な教えや瞑想法などが説かれています。これらの経典の教えは非常に貴重なものではありますが、数千年も昔のものですから、現代の私たちにはなかなか読みづらく、理解しにくいという問題があります。そこで、これらの教えをもとに現代人にとって分かりやすい体系に直したものがヨーガ心理学です。
今日、心理学と言えば認知行動療法やフロイトの精神分析、アドラー心理学などがあります。これらは西洋心理学と言えるものですが、一方で、これからお話しするのは仏教などにも含まれる東洋の心理学です。人間の心の問題の一つは、固定の価値観に縛られたり強固な信念を持つことによって起きており、現代で言えばそれは資本主義や唯物論的な価値観です。したがって、これらの価値観から脱するためのアンチテーゼが必要とされており、その一つの可能性がヨーガ心理学です。これは、現代の私たちの心の幸福なあり方、自分らしい生き方を東洋的な観点から問い直していこうとする試みでもあります。

美紀 なるほど。まず、西洋の心理学と東洋の心理学の違いは何でしょうか?

岡本 大きくは三つの点があげられると思います。
まず一つ目に、輪廻を想定するという点です。輪廻は人間が生まれ変わりを繰り返しているという東洋思想ですが、これはヨガなどのインド哲学や仏教などの基本的な立場で、日本でも古くから信じられてきました。また、人間は長い輪廻の過程で様々な印象を潜在的に蓄え、深遠な個性を持ち、いわば一人一人が個別の精神的小宇宙のようなものを持っているという考え方です。
二つ目に、人間の幸福を中立的なゼロ地点に置くことです。一般的な価値観としては、お金、社会的地位、家族などを幸福の対象として、それらをより多く得ること、ゆるぎないものにすることを幸福であると考えます。そのために様々な努力をするわけですが、一方で、せっかく築いた財産や地位が失われたり、恋人と別れたり、家族を亡くしたりということが起きます。そのとき人は不幸のどん底に落とされ、後悔や絶望感で泣きわめくことになるのです。しかし、財産や地位、家族などの幸福の対象が自分の元を離れてしまうというのは避けられないことで、それは何らかの事情によって対象の方から離れていくか、あるいは自分の死によってそれらと離れることになるからです。
また、一般的な心理学ではアイデンティティを形成し、それを確固たるものにすることが人間の心の安定であると考えますが、東洋心理学では社会的な意味でアイデンティティを持つことは必要ですが、それを確立することなく、常に流動変化する自分のあり方を受け入れるべきであると教えます。それは、自分のアイデンティティとは何かのきっかけで失われるものであり、それにプライドを持ったとしても、それは執着として苦しみに変わってしまうと考えるからです。
したがって、東洋心理学の観点では、人間の幸福は心の平安や静寂であり、そのために無所有であること、無所属であること、無執着であることを心がけることが大切であると教えます。つまり、私たちの真の幸福は中立的なゼロ地点に見つけなければならないということです。これから何か幸福の対象を増し加えていったとしても、それは結局奪われる運命にあり、苦しみの原因になるからです。
もちろん、社会生活を送るうえでは、自分が何かを所有したり、どこかに所属したりすることは避けられません。また同時に、周りの様々な人やものに愛着を持つことにもなります。これが大変に難しい問題で、そのような社会的環境に身を置きながら、無所有、無所属、無執着であることを実践することが心の平安のために必要な取り組みなのです。そしてまた、幸福とは肉体や心を喜ばせることではなく、決して変化することのない永続する自分の本質存在に気づき、それをよりどころとすることが人間の真の心の平安と至福感を作り上げると考えます。
このように、ゼロ地点にできるだけとどまることを幸福とするのが東洋心理学の立場であり、何かを得ることで幸福を実現しようとする資本主義的、競争主義的な価値観とは異なる視点を持ちます。
三つ目に、人間には自分の幸福のみならず、他者も幸福にしたいという愛や慈悲の心が本来的に備わっているという点です。愛や慈悲はその人が成長の過程で学習するのではなく、人類共通の普遍的精神原理で、誰しもが生まれながらに持っていると考えます。一方で、人間には自分の欲望を叶えたい、快楽を追求したいという自己中心的な欲求もあり、この二つの精神的な原理の中で人間は葛藤しながら、愛や慈悲の心と結びついていくことが人間の幸福につながると考えます。
まとめると、

①人間は輪廻する存在であり、一人一つの精神的宇宙を所有している。
②欲望や愛着は人間の苦しみとなり、幸福はゼロベースで考えなくてはならない。人間の幸福は自分の本質存在に気づくことにある。
③人間には愛や慈悲を反映する高次の精神活動があり、それと結びつくことで人間の精神は進化していく。
以上の三つの点が東洋心理学、あるいはヨーガ心理学の中心的な主題となり、これまでの西洋の心理学ではあまり考えられてこなかった視点ではないかと思います。

美紀 なるほど、ただすごく難しそうで、もうちょっとやさしく解説してもらいたいです・・・

岡本 そうですね。まずは輪廻の話しからしていきましょう。